自己表現していますか?
2021-09-06
最近自分の事を話さないでも、わかって欲しい時に「察してちゃん。」と表現するらしいです。もしかしたら昔からあったのかもしれませんが、私は最近知りました。
「察してほしい。」ってみんな思いますよね。
察してもらえたらなんて楽なんでしょう。自分の思っている事、して欲しいことをなーんにも言わなくても、言葉の端橋や態度でわかってしますのですから。
でも私は、「怖い。」とも思いました。
相手にそんなに敏感に自分の考えている事を気づかれてしまうのですから。
わかって欲しいことだけでいいならそんな都合の良いことはありませんよね。スピリチュアルな観点から、もしかしたら「相手の考えている事がわかるんです。」とういう人もいるかと思いますが、私は相手の行動や言動から察することは可能ですが、相手が何らかのサインを出していなければ、わかりません。
難しそうに思えますが、相手の行動をよーく見ていると少しずつ分かってくることがあります。
夫婦や親子だって一緒に暮らして生きた中で、相手の行動のパターン、言動のパターンを感じ取り、「今のはこうだな。」「あれは本当はこうなんだ。」なんてわかってゆくものではないでしょうか。
それがあるから、人と人のつながりはコミュニケーションが必要なんだと思います。
人と関わらないで、社会で暮らしてゆくには、最近の世の中は不可能ではありません。
引きこもりは日本に100万人以上いるといわれています。
ですが、何か食べないとならない。何かしないと。
24時間寝て、何の刺激も受けずには生きてはいけません。ですから何かの形で、つながっているのです。
そんな時、「察してちゃん」は通用しません。親でもわからない、夫婦でもわからないことを、他人の誰がわかりますか??
ましてや、わかろうとするでしょうか?
横断歩道で倒れていたって、無視しましょう。という日本の教育を受けている世代の人たちは特に不得意とするのがコミュニケーション能力です。
学校は勉強するばかりのところではありません。自分と他人の差を理解して、「いろんな考えがあっていいんだ。」そしてその中で「私はこう思うんだ。」という自己表現をする練習の場所です。社会に出てからは実践!
学校は練習。
ですから怖がらずに言葉や態度をよく選んで自己表現をしてみてください。
家も同じです。練習の場所です。
自己表現を禁じられている家庭も多くあります。しかし、自己表現の方法はたくさんあります。その家庭にあった自己表現の方法を見つけて、少しずつ行ってみてください。
表現しているうちに、少しずつ自分に自信がついてきます。
そうなればこっちのものです。
一緒に頑張っていきましょう!